経験と勘に頼らない農業へ!NARO生育・収量予測ツールの事例紹介

農業では、「収穫のタイミング」は農作物の品質や収益を左右する重要なポイント。
これまで、多くの農家は天候の変化や生育状況を経験則で判断し、収穫時期を決めていました。しかし、この方法では予測精度に限界があり、収穫ロスや品質のバラつきが発生していました。
そこで登場したのが、農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が開発した「NARO生育・収量予測ツール」。
実際の導入事例を、農研機構の菅原氏よりうかがいました。
菅原幸治
所属:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門 露地生産システム研究領域 露地野菜花き生産管理システムグループ・グループ長
学位:博士(農学)
主に露地野菜を対象に、ICT(情報通信技術)を利用した生産管理システムの研究開発を行う。
NARO生育・収量予測ツールとは?
農研機構が開発した、作物の生育モデルに基づき栽培データと環境データを用いて生育や収量を予測するプログラムです。
このツールは、日本で消費量の多い野菜の中でも、まず施設栽培における「自動制御」と「収量の最大化」を目的として開発がスタートしました。さらに、NARO生育・収量予測ツールにおけるキャベツやレタスなど露地野菜6品目のラインナップを開発し、2023年に公開しました。
気象データや栽培データを入力して最適な収穫時期と収量を予測することで、収穫ロスを削減し、農家の収益向上に貢献することが期待されています。
※上記の図に記載がある「API」とは、Application Programming Interfaceの略で、異なるソフトウェアやアプリケーションを連携させる仕組みやプログラムのこと
キャベツ生産での事例
キャベツは適切な収穫時期を逃すと「裂球(れっきゅう)」と呼ばれる現象が発生し、品質が低下してしまいます。裂球したキャベツは規格外品となるため、圃場廃棄が増加し、農家の収益減少の要因となります。
そこで、北海道のJA鹿追町では、生育予測技術を活用し、キャベツの収穫適期の精度向上に取り組みました。
導入前の課題
- 収穫時期の予測誤差が±11日もあり、計画的な出荷が困難。
- 重量のバラつきが大きく、品質が安定しない。
- 裂球(キャベツの実が割れる)発生率が10%に達し、廃棄ロスが発生。
以下のような手順で収穫適期の予測を行う。
- 定植日と気象データの入力
圃場ごとにキャベツの定植日を記録し、日射量・気温などの気象データと組み合わせて、生育シミュレーションを実施。 - 生育モデルによるシミュレーション
キャベツの生育モデルを適用し、収穫までの期間を予測し、適切な収穫時期を算出。 - 予測データを活用した収穫計画の策定
収穫作業の1か月前から計画を立て、最適なスケジュールを組むことで、作業効率の向上を図る。
導入後の成果
- 収穫ロス(圃場廃棄)の発生を防止して単収5%、収益10%の増加を実証。
- 適切な収穫計画による適期に合わせた収穫機運用の実現。
トマト生産での事例
オランダは農業大国として知られ、トマトの年間収量は65t/10aと非常に高い水準を誇ります。一方、日本国内では糖度の高さが評価されるものの、収量が他国と比べて低いという課題がありました。
そこで、三重県と栃木県の生産法人において、生育予測技術を活用し、収量向上に向けた取り組みが行われました。
導入前の課題
- 年間収量は平均15t/10a以下。
- 収量を増やすには環境制御装置の導入と利用技術の向上が不可欠だが、制御すべき項目が多く、外部条件や品種・生育状況に応じて最適な設定が変化するため、適切な管理が難しい。
導入後の成果
- 糖度を5°以上に維持しながら、収量を50-55t/10aまで増加。
- 生育予測データを活用し、日射量やCO2濃度の最適管理を実現。
今後の展望
農研機構の菅原氏は「生育予測技術の今のメインユーザーは流通と産地が一体型の農協や農業生産法人が多いが、農家のほか流通業者のユーザーが増えてほしい」と話し、ユーザー意見としてデータ入力が面倒という課題を解決すべく、入力作業の省力化などのシステム改良が進められています。
加えて、
「個々の農家がデータを活用すれば、より効率的な栽培計画を立てられ、無駄な人件費の削減や収益向上につながります。例えば、キャベツの収穫適期を正確に予測できれば、計画的な収穫が可能となり、廃棄ロスの削減も期待できます。
また、近年では国産の加工用野菜の需要が高まっており、外食産業や食品メーカーは安定した品質と供給を求めています。そのニーズに対応するため、現在のシステムを生鮮野菜向けだけでなく、加工・業務用野菜の収穫タイミングをより正確に予測できるようシステム改良にも取り組んでいます。」
NARO生育・収量予測ツールのような科学的データに基づく予測は、経験と勘に頼る従来の農業から、より精密で計画的な農業への転換点となるでしょう。気象変動が激しくなる時代において、このシステムは新規就農者にとって心強いツールになるはずです。
興味を持たれた方は、ぜひ最寄りの農業改良普及センターやJAに相談してみてはいかがでしょうか。